社交不安・緘黙のアウトプットブログ

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【広がる障害者格差!】世の中は所詮、運なのか?障害年金は社会からの手切れ金なのか?若くて美人は得をしている!

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僕は、この世は不条理だと思っています。

自分の考えを上手く表現出来ないけど、人のブログを読んで、なるほどと思ったり、ツイートで色んな人の生活を勉強して、youtubeで映像も含めた現実の社会勉強をしている日々です。

 

そんな日々勉強をしていて思った。

障害者格差は広がっているし、若くて美人は得をしがちで、障碍者年金は支援では無くて、実は手切れ金だったのか?

など、色々な憶測が今日も浮かんだのアウトプットしてみました。

 

タイミングで障害者年金の額も違う

僕が作業所に通っている時、ある男性とスタッフが話をしていて、それは、その男性のこれからの人生についての話だったんだけど、その話の中でその人が

障害厚生年金を貰っているから働く気になれない」

と言っていたのです。

どうやら障害厚生年金は普通の障害年金よりも額が多いようです。

その話を聞いて少し羨ましいと思ってしまった。

いつ、障害になるか、それによっても、額が変わったりも運が作用しているように思う。

それらを努力や計画で遂行している人は極少数だと思う。

やはり、社会は「運」がモノをいうものだと痛感しました。

障害者年金は社会からの手切れ金なのか?

 あるブログ記事を発見しました。

その方も障害厚生年金を貰っているようです。

文才を誉める人もいました。

僕もそうゆう人に誉められるようなブロガーになりたいと思うこともあります。

 

そこには、障害厚生年金を手切れ金というような比喩表現されていました。

そういう事だったのか?と思った。

今まで、社会が優しくて、障碍者を支援していると思い込んでいた。

しかし、今の社会「閉じ込める訳にもいかない」「〇ろす訳にもいかない」とりあえず手切れ金を渡すから社会に出てこないでくれ、という意味なのだろうか?

という恐ろしい憶測が浮かんだ

 

しかし、それにしては普通の障害者年金の額は少なめに感じる。

働かなくていいならありがたいけど、普通の一人暮らしで生きていける額ではないので、それを考えると手切れ金にしては可笑しい。

貰えたとしても、なんらかの形でもう少し稼げなきゃいけないシステムになっている気がする。

やはり優しさからなのかもしれない。

その手切れ金について記載されているブログから引用します

anond.hatelabo.jp

まあ何が言いたいって、俺はもう世の中の仕組みから外れてしまったってことで。

ずっと普通じゃないおかしいって言われてきた、そういう中で公的制度から「君は障害者だ」って言われて、二か月に一回〇〇万円支払われる。で、この障害はなんかマジで治らないものらしいから、つまりは一生もらえるわな。国が年金制度やめます!って言うまで。

さすがにやめるとは言わねえだろ?超高齢者社会、老人のほうがエライ選挙の影響力的な意味で)国で。まあだから俺みたいな障害年金受給者は、老人様の威光にあやかるコバンザメだわな。

いいんだよ、それでなんも文句はない、了解したよ。

これつまり「手切れ金」だろ?

社会あなたとは違うスペック人間基準に作られています。そこに明らかに違う形のあなたが入ってこられると上手く回りません。

から、これだけ支払いますから私たち社会に入ってこないでください。邪魔なので。そういうことなんだと理解したよ。

まあそりゃそうだよな。みんながガンプラ組み立ててんのにひとりゾイド部品持ってきたら「居ないほうがマシなんだけど」ってなるよな。

何の不満もなくのんきに生きてるよ。週3日くらいは布団から出られないけど。

美人で若い女子はお金持ちの男性を彼氏に出来たり恵まれガチ

あるツイートを観ていた。そして世の不条理を感じた。

 

そのツイートの内容は、年収600万円の彼氏がいて、薬を飲んで居ないけど、障碍者年金2級を貰っていて、年金は全て貯金して老後に備えているという恵まれている感じの人だった。

 

一方ではこの世には、緘黙で一言も話せない、すぐ胃を壊す、仕事も出来ない、しかも男でそこそこ年をとってしまい女性からの援助なんて勿論受けられそうもない人がいる。

 

この格差は一体、なんなのだろう?

しかし、そのような人がいかに、恵まれている人を羨ましがったり、僻んだところで、その人にダメージを与える事も自分が幸せになる事も出来ないだろうと思った。

 

多くの恵まれない男たちは現物の若い女子を目の保養に楽しむけれど、ネット上での若い女子の恵まれた現状に対しては嫉妬や妬みを感じてしまうだろう。

しかし、そんなことも無意味な感情だと思えてしまった。

 自分が出来る範囲で自分が幸せに暮らしていくしかないんだ、そっと意識を他に移した。

嫉妬や妬みも疲れてしまうから、そんな不幸な生き方はしたくないと思った。

結びに

世の中には色々な人がいます。

そして、ネット上でも色んな人がいて、運がいい人の情報を見て僻んでしまうこともあるでしょう。

僕も、そんな一人だと言っても過言ではなかった。

そして、気が付いた、それは1億いる以上いる人間の一人の情報に過ぎないのだと。

一つの情報に執着する必要はないのです。

ただ、運が良かったりする人、美味しい汁を吸ってる人のことも参考に出来る部分がある時もあるので、そんな時は参考にして、あとは、すぐさま、他の情報を探し、違う事に集中することを薦めますね