社交不安・緘黙のアウトプットブログ

あらゆるもののアウトプットに挑戦

【2024元旦⠀】能登の揺れと、義母と娘の円舞曲(ワルツ)』

2024年元旦は記憶に残る元旦だった

 

正月の静寂を切り裂いたのは、地震という名の暴力だった。皮肉なことに、その恐怖が私の対人恐怖症を一時的に麻痺させたのだ。醜悪な本心を隠さず、他人の中に身を置いた元旦。そして、ビール片手にドラマを眺めた二日。これは、社会の隅で息を潜める『本物のコミュ障』が、歴史的一日の裏側で何を思考していたかという冷徹な記録だ。」

 

2024年令和6年能登半島地震「震える大地と、閉ざされた男」

 

二〇二四年一月一日。世間が帰省の喧騒や正月の酒に酔い痴れているその刹那、能登の地を未曾有の震動が襲った。金沢城の石垣は無残に崩落し、海沿いには津波警報の悲鳴が鳴り響く。『令和六年能登半島地震』——後にそう名付けられる災厄が列島を震撼させていた時、私は家から二十キロも離れた施設で、ランニングマシーンの上にいた。
近場の施設が年始の休業に逃げ込む中、私はただ、動くベルトコンベアの上で孤独を消費していたのだ。ふと思う。都会に住む対人恐怖症や、裕福な家庭に育った者たちが抱える苦悩は、もっと洗練されたものなのだろうか。そんな卑屈な嫉妬が、震える大地とは無関係に、私の中を黒く浸食していた。」

地震の恐怖は一時的に社交不安の恐怖を消し去った!

地震発生のその瞬間、私はそのランニングマシーンなどがある施設で早い夕食を取ろうとしていた。

世間が家族団欒(だんらん)に興じる元日だというのに、食券を握りしめ、一人カウンターに立つ私の姿は、滑稽としか言いようがなかった。


食事が手渡されようとしたその時、世界が軋(きし)んだ。激しい揺れ。恐怖は、長年私を縛り付けてきた社交不安障害や緘黙症という鎖を、いとも容易く引きちぎった。普段なら決して言葉を交わさない見知らぬ男に、私は自ら歩み寄り、『まだ揺れている』と、声を張り上げていた。
それは、偽りの平穏が崩壊し、剥き出しの人間性が顔を覗かせた、皮肉なまでの解放の瞬間だった。

 

 

 

残酷な揺らぎの中、明日の地図を探し歩いて...

一月二日。震災の余波は、テレビ画面の向こう側で執拗に続いていた。
 ふと思う。もしあの日、二十キロも離れたあの場所で本格的な避難生活を余儀なくされていたら、私のような人間はどうなっていたか。他人との摩擦を避け、声を失って生きる男が、混沌とした避難所で「上手くやっていく」など、空想の域を出ない。いい年をして、と自嘲するが、その恐怖は皮膚を刺すようにリアルだった。
 外出を躊躇う心をねじ伏せ、私は本屋へ向かった。正月でも開いている店を探すのは、この街では一種の宝探しに近い。
 棚から手に取ったのは、ブログの構築に関する実用書だった。今更、という思いがないわけではない。
 頁を捲ると、そこには未知の専門用語が理然と並んでいた。
 WordPress。レンタルサーバー。独自ドメイン。
 サーバーとはブログという家を建てるための土地であり、ドメインはその住所にあたるのだという。無料ブログという借家に住めば、大家である企業の都合一つで、積み上げた資産は一夜にして瓦礫(がれき)と化す。継続が利益を生むこの世界では、最初から自前の城を築くのが定石らしい。検索エンジンという巨大な神に認められるためにも、独自ドメインは必須の武器になる。
 著者はこうも説いていた。
「初心者は一万から二万を投じて、有料テーマを買うべきだ」
 無料のものに拘って一週間を浪費し、挫折するくらいなら、金で解決しろという冷徹なまでの合理主義。だが、その言葉にさえ疑念を抱いてしまう。この本に書かれた知恵は、果たして今の時代にも通用する「真実」なのだろうか。
 ふと、はてなブログというプラットフォームに目を向ければ、記事を直接切り売りする「有料販売」というシステムが構築されていた。それを突き詰めれば、何らかの対価を得られるのかもしれない。
 だが、思考を深める作業は、今の私にはあまりに重荷だった。
 技術は加速し、正解は形を変え続ける。
 大地の揺れが収まっても、何を目指し、どこへ踏み出すべきか分からない私の日常は、依然として不安定なまま、そこに横たわっていた。
 

 

Xもよく見るとプロモーションするという文字があって、新しい機能が増えているようです。

まさに時代は進んでいると思った。

義理母と娘のブルースとブレーカーの沈黙

テレビ画面の向こうでは、『義母と娘のブルース』が佳境を迎えていた。途中から眺め始めた物語であったが、その温かさは皮肉なほど胸に染みた。
 ふと、部屋の静寂に耐え切れなくなる。正月だというのに、何一つ成し遂げられない己の不甲斐なさが、重い澱(おり)のように足元に溜まっていく。私はその逃げ場を求めるように、冷蔵庫からビールを取り出した。禁忌を破るような感覚とともに喉を鳴らす。アルコールの熱が、凍てついた自尊心を静かに麻痺させていくのを感じていた。

 

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物語の佳境、その情緒を切り裂いたのは、あまりに無機質な物理現象だった。
 母親が電子レンジのスイッチを入れた瞬間、過負荷を検知したブレーカーがその回路を断ったのだ。画面に映っていた『義母と娘のブルース』は、一瞬にして虚無の暗闇へと消えた。せっかく心が通い始めていたというのに、私の視界に残ったのは、暗転したテレビに映り込む、所在ない自分自身の顔だけだった。
 思えばその直前まで、私は『BreakingDown』のオーディション映像に没頭していた。
 世間からは「精神年齢が低い」と一蹴されるかもしれない。だが、そこには剥き出しのエンターテインメントがあった。格闘家が研鑽を積んだ緻密な技術も、玄人好みの寝技の攻防も、門外漢にはその価値が伝わりにくい。
 むしろ、キャラの立った不良たちが、理屈を抜きにして衝突し合う。その単純明快な構図こそが、大衆が求めてやまない熱狂の正体なのだと、妙に納得している自分がいた。
 断たれた電源を復旧させながら、私は思う。
 洗練された物語と、野生的な熱狂。そのどちらも享受しながら、私の正月は、電子レンジという名の現実によって、無情に中断されたのだった。